«前の日記(2010-05-22) 最新 次の日記(2010-06-06)» 編集

KONO's Diary-休むに似たり



2010-05-30 [長年日記]

_ [] 落語論

この本の著者の堀井憲一郎は、いったいどういう生活を送っているのだろう、と時々不思議になる。

どうも、東京ディズニーリゾートと落語に、人生のかなりの部分を使っているようで、年に何十回もディズニーリゾートに行く一方で、年に何百席も寄席で落語を聞いているらしい。

これらはいずれも商売ネタではあるのだけど、著者がこれらの対象に投入した情熱・時間は、単に「商売ネタ」と言って済ませるのが憚られるくらいのボリュームである。おそらく、日本で一番「客として」ディズニーリゾートに行き、「客として」落語会に足を運んでいる。費やした金額も相当なものだろう。

本書はこのうちの「落語」について、真正面から論じた本。

ここまで落語会に通いつめていると、見えているものが一般人とかなり違ってくる。たとえば、「落語は歌である」という主張。この人くらい数をこなしていたら、完全な新作落語でなければ、演じられている噺の筋なんざ百も承知、次に言う台詞やこの後の展開も判りきっている。にも関わらず、飽きずに高座を聞きに行くのは、噺の筋よりも歌を聞きにいくためらしい。

で、この「歌」はテレビ等を通じたのではダメで、ライブで聞かなければならない。それは「花火と同じだ」と著者は説く。

日本人ならわかるだろう。DVDでいろんな花火を冷静に見るのは、花火師の勉強とか、イベンターの研修とか、そういうプロの資料としてしか意味がない。花火を見せてやる、と言ってビデオを見せたところで、落胆されるのが関の山である。「じゃあ、こんど、本物の花火をやろうよ」「本物の花火大会に連れてってよ」と言われるばかりだろう。

映像の中に花火は存在しない。

落語も、花火と同じである。まったく同じだ。

この人の文章は実に軽妙で、それは本書でも健在なのだけど、この本に限っては、正面からの著者の気合が感じられて、読む方も軽々しくは読み勧められない感じ。けれども、常人の及ばぬ境地からの指摘の数々は、大変興味深い。

ついでに、もうひとつの専門分野、ディズニーリゾートの本はこちら。これも一読の価値がある。

本日のTrackBacks(全1件) []
_ KONO's Diary-休むに似たり:青い空、白い雲、しゅーっという落語 (2010-06-23 21:56)

一読後、同じ著者の『落語論』と対をなす本だな、と思った。 『落語論』が、具体的な描写をあまり挟まずに、落語を演じるとはどういうことかについて、大上段から論じているのに対し、本書は、寄席に落語を見に行った時に遭遇した事件・エピソードが徹頭徹尾具体的に語っている。話題に上るのは落語(あるいは落語家)ばかりではなく、チケットのもぎりであったり、会場に闖入したハエであったり、うるさい客席の酔っぱらいであったり。 落語家が喋るストーリーだけではなく、そういうのも含めてぜんぶが「落語」で、だからテレビ..




あわせて読みたい rss
«前の日記(2010-05-22) 最新 次の日記(2010-06-06)» 編集
カバー画像はWikimedia Commonsより。
Permission is granted to copy, distribute and/or modify this document under the terms of the GNU Free Documentation License, Version 1.2 or any later version published by the Free Software Foundation; with no Invariant Sections, no Front-Cover Texts, and no Back-Cover Texts. A copy of the license is included in the section entitled "GNU Free Documentation License".
画像提供元:http://commons.wikimedia.org/wiki/Image:Field_of_hay_bales_-_omeo.jpg