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KONO's Diary-休むに似たり



2007-07-13 [長年日記]

_ [] 星新一 一〇〇一話をつくった人

日本SF小説界の元長老、星新一の評伝。

一代で星製薬を日本の代表的な製薬会社に育て上げ、野口英世のパトロンとしても知られた実業家星一(ほしはじめ)の息子として1926年に生まれ、父親の死の前後から傾き始めた星製薬の二代目社長として会社の後始末をし、日本SF界最初の同人誌「宇宙塵」の創刊に加わり、その第二号に発表した風変わりな小説「セキストラ」が江戸川乱歩の目に止まって作家デビューを果たす(1957年)。以降、もっぱらショートショートと呼ばれる形式の小説を発表しつづける。日本SF作家クラブの初代会長として他の作家から頼られる。1968年の日本推理作家協会賞受賞以降、存命中は賞にはほとんど縁がなかったが、自らは審査員として新井素子他の作家を発掘。書き続けたショートショートは遂には1000編を超えた。1997年12月没。

著者は、この作家の生涯を、五年の歳月をかけて丹念にまとめ上げた。

ぼくもかつてSF小説をたくさん読んだ時期があって、星新一についてはショートショートだけではなく、父親星一について書いた本も読んだし、ショートショートの1001編目は雑誌で読んでいる。なので本書を読む前から星新一がどういう生涯を送ったか、ある程度のことは知っているつもりだったが、それでも本書には圧倒された。

これは多分、星新一の感じたであろう深い孤独が、この評伝から伝わってきたからではないかと思う。

書斎に入るとこもりきりで、原稿が書けずに苦しんでいる姿は家族にさえ見せたことはなかったが、香代子は今、こう思う。
あの人はきっと、目に涙をいっぱいためながら書いていたにちがいないと。

もともと感情表現が苦手で、「誰かに相談する」のは性格的に得意ではなかったところへ、膨大な負債を抱えた会社の社長という立場で、警察官の出動が必要だった労働争議や、裏切り者が跋扈する取締役会をくぐりぬけた結果、人を信用することができなくなってしまったのかもしれない。

作家になってからも、酒場ではバカ話に興ずる一方で、骨身を削るようにショートショートのアイデアをひねり出しつつ毎夜睡眠薬を常用していた全盛期にしろ、あるいはショートショートの創作一〇〇一編を達成した後、旧作の改訂に執念を見せた晩年にしろ、星新一は、本当は、心の底では、誰かに相談したかったのではないか。

さらに、日本SFのプロダムについても、プロのSF作家第一号、日本SF界の長老として指導的な役割を期待されていて、おそらくここでも孤独だった。他人に相談することさえ苦手なのに、個性の強い作家・編集者たちをとりまとめるなんてことが得意なわけがない。一方で、黎明期の日本のSF小説界は、福島正実をはじめとしたアクの強い面々が多く、揉め事も多かったらしい。星新一はそういうトラブルにあまり関わらなかったようだが、それはたぶん、どうしてよいか判らなかったからなのだろう。

以前何かの本で「毎年、有望な新人はたくさん出てくるのに、有望な長老は一人も出てこない。なぜだ」と星新一が言った、というのを読んだことがあって、そのときは彼一流のジョークなのだろうと笑ったものだけど、本書を読んだ後、案外これは本心からの台詞だったのだろうと思えてきたのだった。

一方、自分の持ち場である「ショートショート」の分野では、生涯で1000編を超える作品を発表し、さらに旧作を改訂しつづけたり、コンクールの審査員を務めたり、文字通り八面六臂の活躍だった。それは多分、作家の情熱の他に、日本SF界の長老やショートショートの第一人者としての責任感からきたものも大きかったのではないか。

ややネタバレ的になるが、ショートショートの1001編は、達成こそされたが、ほとんど話題にはならなかった。白状すると、ぼく自身、わざわざ掲載雑誌を買い求めてまで読んだ筈なのに、今となってはどんな話だったかすっかり忘れてしまっている。タイトルすら、本書を読んでやっと思い出したくらいだ。

一方で、初期の作品の切れ味は今でも忘れがたい。短編集『ボッコちゃん』や『午後の恐竜』等は、子どもが大きくなったら必ず読ませようと思っている。

星新一のことはずっと尊敬してきたし、本書を読んでその意を一層強くした次第である。

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カバー画像はWikimedia Commonsより。
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