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KONO's Diary-休むに似たり



2007-05-28 [長年日記]

_ [] 日本語ということば

10日ほど前、"「『あまえる』ということについて」を読んで"というはてなダイアリのエントリがはてブのホッテントリになっていた。宮沢賢治『セロひきのゴーシュ』の読書感想文として、1998年の全国小中学校作文コンクール入賞作品。上記エントリによると

書いた人は当時小学2年生の中村咲紀さん。8歳にしてここまで、自分を手放さず欺瞞に流されずに思考を続けて、そこらの大人でも簡単には辿り着けない境地に達しているのか! ていう。正直、泣きました。わーん。ちょっともうみんなこれ読んでみてよ。すごいよ。いろいろ考えちゃう。

[「『あまえる』ということについて」を読んでより引用]

ということである。

こういう本はさっそく図書館で借りるべしと思ったのだけど地元の図書館には置いていない。普段あまり読まないジャンルの本だし購入するのもどうかと一瞬思ったのだけど、しかし上記エントリで引用されている部分だけを読んでもあまりにもとんでもないし、あとで子どもたちに読ませることもできるからという下心もあって、楽天ブックスに発注したのだった*1

その本が今日届いたので、さっそく「『あまえる』ということについて」を一読した。

いやあ、これ本当にすごい。

小学校2年生が書いて作文コンクールに応募したものだそうだけど、それが信じられないほど深い。信じられないほど大人の視点である。

あるいはコンクールの応募に当たって親か先生か、誰か大人が手を入れたのかもしれないけれども、この深さを前にするとそういう詮索もどうでもよくなってくる。

また、これほどの内容が、小学2年生の平易なことばで語ることができるというのもある種の驚異である。 冒頭をちょっと引用する。

ゴーシュは、金せい音楽だんのセロをひくかかりでした。けれども、なか間の楽手の中でいちばん下手で、樂ちょうにいつもおこられてばかりいました。町の音楽会の十日まえには、「おこるもよろこぶも、かんじょうがまったく出ない」とどなられました。すると、ゴーシュは、セロをかかえてかべのほうをむいて、口をまげてぼろぼろなみだをこぼしました。

ひとりぼっちでだれにもあまえることができないゴーシュは、おこられるといつもそうやって、くやしい気もちも、かなしい気もちも、いやだと思う気もちも、みんながまんしたのです。

ゴーシュは、ぼろぼろないたあと、気をとりなおして、じぶん一人だけでれんしゅうをはじめます。でも、わたしは、ゴーシュのがまんが、一生けんめいれんしゅうする気もちにつながるとはおもいません。

[『あまえる』ということについてより引用]

たいていの大人は、「ゴーシュ」の「れんしゅう」を「(自分を含む)誰か」の「仕事」に置き換えると思い当たるところがあるのではないかと思う。「ひとりぼっちでだれにもあまえることができない(わたし)は、怒られるといつもそうやって、くやしい気もちも、かなしい気もちも、いやだと思う気もちも、みんながまんしたのです…気をとりなおして、じぶん一人だけで「仕事」をはじめます。でも、わたしは、(わたし)のがまんが、一生けんめい「仕事」をする気もちにつながるとはおもいません……。

ということで、「あまえる」ことについての考察がこの後展開されるわけだが、それは読んでのお楽しみ……というか、事情が許せば全文転載したいのだけど。これはそれだけの価値のある文章だと思う。

本書の編集者、赤木かん子のコメント。

私はずっと「セロひきのゴーシュ」はよくわからない話だと思っていたが、この中村さんの作文=解釈? を読んでやっと納得できた。というわけで中村さんにはとても感謝しているし、ありがたくも思っている。ただひとついまだにわからないのは、この作品がなぜ"最優秀"ではなく"優秀作品"にしかならなかったのか、である。

[日本語ということばより引用]

わしもそう思う。

ともあれ、大変に良いものを読ませてもらいました。紹介してくれたmellowmymindさんに感謝。

*1 でも子どもたちに無理やり読ませると多分逆効果だから、どうするか思案中…

[]



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カバー画像はWikimedia Commonsより。
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